高野山真言宗について 由来

高野山真言宗について

高野山真言宗について

和歌山県伊都郡に広がる今来峰や宝珠峰、鉢伏山などを始めとした山々の総称を「高野山」といいます。その高野山に総本山を構える真言宗の一派が「高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)」です。

高野山から望む山々

奥の院参道

金剛峯寺山門

高野山真言宗のはじまり

開祖は平安時代初頭に活躍した弘法大師(空海上人)。天台宗の開祖である最澄上人とともに唐(現在の中国)で密教を学び、帰国後に開いた宗派です。生きながらにして悟りを開き、成仏するという「即身成仏」説で知られます。

弘法大師は生き仏となって御廟に入定(にゅうじょう)されており、いまなお座して復活のときを待っているといわれています。

世界文化遺産

高野山は平成16年7月7日に、「紀伊山地の霊場と参詣場」としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。登録されたのは境内だけでなく景観や森林、参詣道など広い範囲にわたっています。

金剛峯寺について

金剛峯寺(こんごうぶじ)は、唐から帰国した弘法大師が開いた日本最古の寺院です。高野山内にある123箇寺もの寺院の総本山であり、中心となっています。名称は、弘法大師の「金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう」というお経からだといわれます。

奥の院

奥の院とは、弘法大師が入定された場所であり、奥にある御廟では現在も弘法大師が瞑想を続けています。弘法大師は62歳のときに奥の院にて永遠の悟りの世界に入り、現在でも生きていると信じられているのです。

正式な参拝は、一の橋から行うこととされており、御廟までは約2kmにわたって20万基を超える墓石、記念碑、慰霊碑が建ち並んでいます。

仏舎利宝塔について

弘法大師が唐で密教を学んだ際に、恵果和尚(けいかかしょう)からいただいた仏舎利(釈迦様のご遺骨)を祀った宝塔が「仏舎利宝塔」です。これは、高祖弘法大師空海のご入定千百五十年を記念して、多くの方がお釈迦様の功徳を得られるようにという願いとともに、当時(昭和59年)高野山真言宗の管長に就任していた持明院の竹内崇峯住職が発願し建立したものです。

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